こんにちは。
たくゆう耳鼻咽喉科クリニックの黒田です。
最近は少しずつ暑さも和らぎ、過ごしやすい気温になってきました。
小さな子供さんに流行していた「手足口病」や「ヘルパンギーナ」の患者さんも、ほとんどいなくなりました。
今回は、インフルエンザ感染症についてお話しをしたいと思います。
「まだ9月になったばかりで、インフルエンザの話なんて早過ぎない!?」
と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、こちらを読んでいただけると、そろそろ準備が必要なことがお分かりいただけると思います。
それでは、始めたいと思います。
【インフルエンザウイルスの型とは】
「インフルエンザ」の病原体は、インフルエンザウイルスというRNAウイルスです(ヒブ予防接種の「インフルエンザ菌」とは異なります)。インフルエンザウイルスには、内部のタンパク質の種類によってA型、B型、C型の3種類の「属」に分類され、症状が強くて世界的な大流行を起こす原因になることで有名なのが、A型です。
A型インフルエンザは、ほぼ球形のウイルス表面に、HA、NAという2種類の糖たんぱく質が突き出ていて、ウイルスの表面がトゲに覆われたような形をしています。この2種類の糖たんぱくには亜型があり、HAが16種類、NAが9種類知られています。その組み合わせでインフルエンザの「型」が名づけられています。例えば、ソ連型H1N1型、香港型H3N2型、新型鳥インフルエンザH5N1型、などです。理論上は、16種類×9種類の計144種類が考えられますが、流行することで知られているのがこの3種類です。
インフルエンザワクチンが開発されたばかりの頃は、ウイルスを薬液(ホルマリンなど)で処理して毒性を弱めてそのまま注射する「全粒子型ワクチン」でした。よく効くワクチンでしたが、発熱や注射した場所が赤くなり大きく腫れ上がる、ギランバレー症候群などの重篤な副作用も強かったようです。その後1970年代になり、薬液(エーテルなど)でウイルスをバラバラの断片に分解したものを注射する「スプリットワクチン」が開発され、現在も季節性インフルエンザのワクチンは「スプリットワクチン」が使われることがほとんどです。このワクチンは、「全粒子型ワクチン」に見られた大きな副作用が発生する頻度が少なく、安全性が高いのですが、バラバラになったウイルスでは十分な免疫力がつかずに効果が不十分となることも多いようです。
予防接種では、数種類のインフルエンザを不活化したスプリットワクチンを使用しますが、その年にどのインフルエンザワクチン株を使用するのかは、厚生労働省健康局の依頼に応じて国立感染症研究所が検討し、これに基づいて厚生労働省が決定しています。以下の通り、ほぼ毎年、予防接種のインフルエンザ株が変わっています。
平成20年度(2008/09シーズン)
A/ブリスべン/59/2007(H1N1)
A/ウルグアイ/716/2007(H3N2)
B/フロリダ/4/2006
平成21年度(2009/10シーズン)
A/ブリスベン/59/2007(H1N1)
A/ウルグアイ/716/2007(H3N2)
B/ブリスベン/60/2008
平成22年度(2010/11シーズン)
A/カリフォルニア/7/2009(H1N1)pdm
A/ビクトリア/210/2009(H3N2)
B/ブリスベン/60/2008 (ビクトリア系統)
平成23年度(2011/12シーズン)
A/カリフォルニア/7/2009(H1N1)pdm09
A/ビクトリア/210/2009(H3N2)
B/ブリスベン/60/2008(ビクトリア系統)
平成24年度(2012/13シーズン)
A/カリフォルニア/7/2009(H1N1)pdm09
A/ビクトリア/361/2011 (H3N2)
B/ウイスコンシン/1/2010(山形系統)
そして今年、平成25年度(2013/14シーズン)
A/カリフォルニア/7/2009(H1N1)pdm09
A/テキサス/50/2012 (H3N2)
B/マサチュセッツ/2/2012
の予定です。
この組み合わせは、毎年厚生労働省が流行予測を行って5~6月に公布され、各製薬メーカーは7月にはその発表と全く同じ組み合わせのワクチンを製造し始めます。ですから、ワクチンメーカーによって効果が異なることはありませんし、接種する医療機関によって効果に差が出ることもありません(「○○病院の予防接種は効くけれど、△△クリニックのは効かない」というようなことは起こりえません)。
厚生労働省の発表はあくまで予想ですので、実際に流行するインフルエンザ型が異なる場合があります。今回のワクチン株の選定に至る経緯は、下記の厚生労働省の資料をご参照ください。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000033079-att/2r985200000330dw.pdf
(厚生労働省のHPより)
【接種の年齢と回数】
インフルエンザワクチンの接種量と回数が、平成23年度(2011/12シーズン)から変更されました。
(1) 6か月以上3歳未満 1回0.25ml 2回接種
(2) 3歳以上13歳未満 1回0.5ml 2回接種
(3) 13歳以上 1回0.5ml 1回または2回接種
※ 生後0~6ヵ月まではワクチンを接種しても抗体の上がりが悪く、有効性が確認されていないため、ワクチン接種の対象となっていません(接種希望があっても接種できません)
※ 1回目の接種時に12歳で2回目の接種時に13歳になっていた場合でも、12歳として考えて2回目の接種を受けてかまいません。
※ 2回接種する場合は、腕の腫れを減らすため、左右交互に打つことが勧められています。
尚、日本で使用されているワクチンの特徴で、インフルエンザに一度も罹患したことのない人への効果は、一度でも罹患したことのある人への効果より低いと言われています(医学的には、「プライミング効果が低く、ブースター効果が高い」と言います)。ですから、小さなお子さんのいる家庭では、お子さんへの接種効果に期待するよりも、周囲の家族(ご両親や兄弟)が予防接種を受けることで、家族内で感染を起こさないようにする方が重要なのかもしれません。
【ワクチンの効果が出る期間】
インフルエンザワクチンは接種後2週目から抗体が上昇し始めて1ヵ月でピークに達し、その効果は約5ヵ月間持続します。2回接種が必要な場合、1回目の接種で抗体がピークに達している1か月後に追加接種した場合に最も抗体が上昇しますので、2回目の接種はこの頃に受けるのがよいでしょう(一般的には、接種間隔は2~4週とされています)。以下は当院として推奨するワクチン接種時期の例です。どんなに遅くとも12月上旬までには最後の接種を済ませておくことをお勧めいたします。
(2回接種の例)
1回目 10月下旬~11月上旬
↓(4週後)
2回目 11月下旬~12月上旬
(1回接種の例)
1回目 10月下旬~12月上旬
ワクチン接種後の効果の持続期間ですが、一般的には、2回の接種後1か月で77%が有効予防水準に達し、接種後3ヶ月で有効抗体水準は約78..8%と維持されていますが、接種後5ヶ月では約50.8%まで減少すると言われています。
つまり、11月上旬に最後の接種をした方は、2月上旬までは約80%、4月上旬までは50%の抗体が維持されます。これが12月上旬ですと、3月上旬までは80%、5月上旬までは50%、ということになります。
この通り、実際に流行したウイルスと、前述の予測されたワクチンに含まれているウイルスの抗原型が一致した場合には、約3ヶ月間は高いレベルで効果が続きます。さらに、以前にインフルエンザに罹患したことがあって基礎免疫を持っている場合は、有効な抗体水準は3ヶ月を過ぎても維持されますが(前述の「ブースター効果が高い」ということです)、インフルエンザ罹患歴がなく基礎免疫がない場合には、効果の持続期間が1ヶ月ほど短くなるといわれています(前述の「プライミング効果が低い」という話です)。
(インフルエンザワクチン, ワクチンハンドブック, 130-141(1994)より)
【他の予防接種との接種間隔】
不活化ワクチン及びトキソイド接種を受けた場合は、6日以上の間隔をあけて、
生ワクチン接種を受けた場合は、ウイルスの干渉を防ぐために27日以上の間隔をあけて、
次のワクチンを接種することが推奨されています。
(予防接種ガイドライン2013より)
安全性を確保するために、インフルエンザ予防接種の前に受けたワクチンをご確認ください。
【不活化ワクチン】 ⇒ インフルエンザ予防接種は6日以上あける
インフルエンザ菌b型(Hib)、肺炎球菌、インフルエンザ、DPT-IPV、DPT、DT、ジフテリア、
破傷風、ポリオ、日本脳炎、A型肝炎、B型肝炎、狂犬病、子宮頸がん
【生ワクチン】 ⇒ インフルエンザ予防接種は27日以上あける
MR、麻疹、風疹、BCG、おたふくかぜ、水痘、ロタウイルス、黄熱
【妊娠中・授乳中の接種】
妊娠中の接種に関する安全性は確立していないので、妊婦または妊娠している可能性のある場合には、予防接種の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ接種すること、となっています。予防接種後の胎児の先天異常の発生率は、接種を受けていない自然発生率より高くなることは無いという報告もありますが、妊娠中の投与に関する安全性は確立しておらず、動物実験では薬剤の胎盤通過性が報告されています。よって、万が一の危険性を心配される方は、接種を控えたほうが良いと思われます。妊娠中の方は、通院中の産科担当医にご相談されることをお勧めいたします。「接種は問題が無い」、と言われた妊婦さんのワクチン接種については、当院でもご相談いただけます。
一方、授乳期間中は、インフルエンザワクチンを接種しても支障はありません。インフルエンザワクチンは不活化ワクチンというタイプで、ウイルスの病原性を無くしたウイルスの成分を用いているため、ウイルスが体内で増えることが無く、母乳を介してお子さんに影響を与えることはありません。
しかし、授乳期間中にインフルエンザに罹患した場合、授乳を続けながら抗インフルエンザ薬(タミフルなど)を使用することは出来ません。なので、授乳しながらでも受けられるワクチン接種による予防をお勧めいたします(以下をご参照ください)。
※授乳中のインフルエンザ治療
授乳期間中にインフルエンザに罹患してしまった場合、母乳中にインフルエンザウイルスが含まれ、母乳を介して乳児に感染を起こすことはほとんど無いと考えられています。しかし、母親と乳児は日常から接触する機会が多く、母乳とは関係なく、咳などの飛沫感染によって乳児に感染する可能性が高いと思われます。
そして、抗インフルエンザ薬(タミフルやリレンザなど)は母乳中に移行すると言われており、投与中に母乳を与えることは避けることとなっています。米国予防注射詰問委員会の勧告では、抗インフルエンザ治療薬について、「授乳中の婦人には投与しない」「投与する場合には授乳は避ける」とあります。
【ワクチンに含まれる添加物について】
ワクチンの中には、保存料として「チメロサール」という水銀化合物が添加されているものがあります。
チメロサールが主な原因と考えられるアレルギーの報告例もあり、アメリカではワクチンの中のチメロサールをできるだけ早く低減または削減するとの方針が出され、ヨーロッパでも「使用上の注意」にチメロサールによる過敏症が起こる可能性がある旨を記載するという方針が出ました。
これを受けて、日本国内でもチメロサールによる過敏症に関する注意を「重要な基本的注意」に追記しています。チメロサールを含むワクチンの接種により、過敏症(発熱、発疹、蕁麻疹、紅斑、痒み)が現れたとの報告があり、接種後は十分な注意が必要とされています。
こちらには、チメロサールに関する非常に詳細な記載がありますので、興味のある方はご参照ください。
http://www.city.yokohama.lg.jp/kenko/eiken/idsc/disease/thimerosal1.html
(横浜市衛生研究所のHPより)
【乳幼児ワクチン接種と脳症の関係】
インフルエンザの後遺症として有名なのが、インフルエンザ脳症です。ワクチンによって、仮にインフルエンザに罹患してもインフルエンザ脳症まで発現しないようにすることができるかについての研究も行われています。
平成16年に発表された「乳幼児(6歳未満)に対するインフルエンザワクチン接種について」-日本小児科学会見解- では、
「インフルエンザ脳症患者とインフルエンザ罹患者の間でワクチン接種率に有意な差はなく、インフルエンザ脳症の阻止という点でのインフルエンザワクチンの有効性は低いと考えられる。しかし、インフルエンザ脳症はインフルエンザ罹患者に発症する疾患であるところから、インフルエンザ罹患の可能性を減じ、その結果として脳症発症の可能性のリスクを減じる可能性はあり、ワクチン接種の意義はあるものと考えられる。」
となっています。すなわち、インフルエンザワクチンを接種していたからと言っても、インフルエンザに罹患してしまうと脳症を生じる可能性はある、ということです。異常行動や異常発言、けいれんといった症状がある時には、早急に医療機関を受診することをお勧めいたします。
インフルエンザ予防接種により脳症を防げないのであれば、予防接種は受けずに罹患した時に治療すればよい、という考えもあるかもしれませんが、私はそうは思いません。インフルエンザ脳症の原因のほとんどがA型でワクチンの効果が期待できること、インフルエンザ発病から脳症発症まで1日ちょっとしかないため、医療機関を受診して抗インフルエンザ薬を開始しても脳症に至ってしまう可能性があり、インフルエンザそのものの予防が重要であること(そもそもインフルエンザに罹患しなければ脳症にも罹患しません)、が理由です。
インフルエンザ脳症に関連して、一時期は抗インフルエンザ薬「タミフル」が飛び降りなどの異常行動の原因と報道されたことがありましたが、「タミフル」で飛び降りなどの異常行動が出たのではないとの報告が多数あります。インフルエンザの予防接種と、発症時の早期治療こそが、脳症による事故を防ぐ方法であると、私は考えています。
より詳しい解説については、以下の厚生労働省のHPもご参照ください(「タミフル」についてはQ12に解説があります)。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/qa.html
【当クリニックの予防接種への対応予定】
以上の事実を踏まえ、10月下旬までには予防接種開始ができるように準備を進めていく予定です。詳細については、お電話にて確認いただくことをお勧めいたします。
使用するワクチンですが、「チメロサール」を含まないものは、1人の患者さんに使い切りの形をしており、1つの瓶に入ったワクチンを注射器で吸いとって複数の方で分け合うものに比べて、接種の安全性が高いと考えています。また、他の誰かと分け合うことの無い完全な使い切りですので、予約なしで来院していただいても全く問題がありません。しかし、安全性が高い一方で、薬剤の価格が高く、かつ非常に品薄で入手自体が困難という問題があり、どちらを採用するかをまさに検討中です。
詳細が決定しましたら、当院HPや院内に掲示させていただく予定です。インフルエンザ予防接種や、インフルエンザ感染症に関しては、ご遠慮なくお問い合わせください。